横浜観光した

東京、横浜観光した。

まずは銀座のアップルストア。アップルストアに行ったことがなくて、一度見てみたいと思っていたので。内装はシンプルで高級感はそれほど無く、誰でも入れる雰囲気。店員の数は非常に多い。ここの役割が、商品を触ってもらう場としてよりも、店員が客の相談を聞く場としてに重きが置かれているからだろう。頂いた名刺がカッコ良かった。

続いて築地で夜ご飯&朝ご飯。夜は築地青空三代目hafu-でおまかせ十貫。夢見心地で美味しかった。朝はすしざんまいで本マグロ丼。味はそこそこ。(慣れたからか?)活気があっていい店だった。

靖国神社観光。遊就館を観覧。武の歴史を初代天皇のあたりから辿っていく。明治維新までは教科書などで知った知識をなぞるだけなのだが、日清戦争あたりから資料がより詳細になっていくため面白い。いくつか思ったことがある。1つ目は、朝鮮半島は気の毒な地域だってこと。常に周辺の都合に翻弄されている。日本人びいきで見ても、なんだかごめんなさいって言いたくなる。ただ、改めて日本周辺の地図を見ると地理的に日本から非常に近いから(船ですぐ渡れそう)、ゴタゴタするのは仕方ないだろう。2つ目は、日清戦争以後の歴史について偏ってるかなーと感じてしまう箇所があった。(あの戦争には後にこんな影響を与えた意味があったのだ。のくだりとか。)けれど戦争の歴史観はお互いの言い分があって一致しないのが普通で、そのことも含めて学校では教えるべきなんじゃないの、とも思う。ぶつかり合うことが調和だと岡本太郎も言ってます。3つ目は、太平洋戦争のポツダム宣言受け入れの際、政府では決めきれずに天皇の指示を仰いだことに関して。日本のトップにいた人たちが決めきれなかったんだ!という衝撃。昔から日本人はそういう人種なのかも。

続いて横浜中華街へ。広くて活気があって、ご飯も安くて美味しくて満足。刀削麺とタピオカミルクを頂いた。

そして港!海はやっぱり最高。氷川丸の船内観光した後、水上バスで横浜港を回りながら横浜駅へ。

横浜の記述が少ないけれど、横浜すごく良かった。ブラブラして、なんというか癒された。また行きたい。

東京観光した

東京を観光した。

国立新美術館。

いくつか展示があったが、野田裕示という人の展示が気になったので見た。30年に渡る作品が集められていて、作風の変遷が分かるようになっている。あるフォーマットを発明すると、数年間はそのフォーマットに沿った作品を作り続ける。そしてまた数年後、新しいフォーマットを考え出し、それに沿った作品が続く。そのようにフォーマットを変化させながら作品を作り続けている、という点が分かりやすく展示されていて面白かった。おそらくそのフォーマット作りが最も困難な作業だ。変な言い方になるが、フォーマットさえ新しく作ることができれば、しばらくはそれに則って苦もなく作品を作り続けていける。

続いて向かったのはすぐ近くにある東京ミッドタウン。その中にあるサントリー美術館。

ここでは「東洋陶磁の美」という展示を見た。中国陶磁と韓国陶磁が集められていて、国宝が2つ用意されていた。(中国産なのに国宝なんだ、という違和感はあったが。)少し前に故宮博物館に行ったばかりなので見慣れてしまっていたけど、それでも素晴らしかった。中国がいかに高い技術を持っていたのかがよく伝わってくる。青磁と白磁が特に美しかった。

その後は皇居の周りを少し散歩したり(寒かった!)、丸の内を歩いたり、都庁展望台に行ったり、友人いきつけの新宿のお店に行ったりと、なかなかの充実ぶり。いやはや東京はよいところだ。

生物と無生物のあいだ

面白い。知的好奇心を刺激されること請け合い。

帯に30万部突破と書いてある。この本が発行されたのが4年前だから、今はもっと売れているだろう。なんと言ってもタイトルがいい。生物と無生物のあいだ。タイトルだけで興味をそそられる。両者を隔てるものはなんなのだろう?なんと言っても私たち自身が生物だから、気になる気になる。

本書は一般向けの読み物だ。それはこの本の構成からも分かる。本書には、生物に関しての科学的解説だけが書かれているのではない。生物に関する各種テーマについて、以下のような要素で構成される。

・科学的解説
・研究にまつわる人間模様のドラマ
・科学現象を比喩で表現した描写
・生命とは、についての著者の考え

科学的解説に飽きてきた頃合いを見計らって、人間ドラマが始まったり比喩描写が始まったりするので、読んでいてダレない。なかなか上手い構成だ。だけどどこかで同じような流れに触れたことある気がするなと思って記憶を辿ってみると、「フェルマーの最終定理」に形式が似ているのだと思い当たる。あちらもよく売れたようだし、理系ものはこの形式が一般によく受けるのかもしれない。

内容は興味深かった。生物に関する知識は、DNAの2重らせん構造をテレビの映像で見たことはあるがその構造の意味するところは理解していない、というレベルだ。そのような人にとってとても楽しめる内容になっていると思う。

さて、自分用のメモのために特に印象に残った箇所を挙げていく。(長いです。)

DNAに関して。DNAは単なる文字列ではなく必ず相補的に対構造をとって存在している。それは情報の安定を担保する機能を持ち、自ら全体を複製する機構を担保する。また、DNA文字が四種しかないが故に突然変異や進化が起こりやすい。などの話。

生命とは自己複製を行うシステムである。

たった四種しかないDNA文字が、新たな変化の可能性までをも、そのシンプルさゆえに容易に生み出しうる

生命の身体は、原子に比べてなぜこれほど大きいのか。それは生命現象に必要な秩序を上げるために必要だから、という話。

このような例外的なふるまいをする粒子の頻度は、平方根の法則と呼ばれるものにしたがう。

粒子の数が増えれば増えるほど、平方根の法則によって誤差率は急激に低下させうる。

我々を構成する分子は留まることなく入れ替わっていて、一年ほどで全身の分子が入れ替わってしまう、という話。

生命体はたまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい淀みでしかない。しかもそれは高速に入れ替わっている。

エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである。

生命とは、動的平衡にある流れである

タンパク質のかたちが体現する相補性がもたらす効果について。かたちの相補性については、ジクソーパズルのピースがお互いに合うピースを一意に決定することを例に挙げて解説している。

あるタンパク質には必ずそれと相互作用するタンパク質が存在する。二つのタンパク質は互いにその表面の微細な凸凹を組み合わせて寄り添う。

なぜ生命は絶え間なく壊され続けながらも、もとの平衡を維持することができるのだろうか。(中略)生命はその内部に張り巡らされたかたちの相補性によって支えられており、その相補性によって、絶え間ない流れの中で動的な平衡状態を保ちえているのである。

システムの構成要素そのものが常に合成され、かつ分解されることによって担保される重要な生物学的概念がある。それは合成によって緩やかに上昇し、分解によって緩やかに下降するという一定のリズムを連続的に発生することによって振動子を作り出すことができる、(中略)このような信号の増減は、細胞にとって環境の変化を捉えるセンサーとして働く。

細胞の内部から外部へ物質を分泌する際の仕組みについて。

内部の内部は外部である。

細胞は自分自身の内部に別の内部を作ってそれを外部とした。このような区画分けはそれだけで秩序の創出となる。区画の内外で、別々の環境を作り出し、それぞれ個別の反応や活動を営むことができるからである。

生命を語る上で欠かせない、時間との関わりについて。

私たちの生命は、受精卵が成立したその瞬間から行進が開始される。それは時間軸に沿って流れる、後戻りできない一方向のプロセスである。

機械には時間がない。原理的にはどの部分からでも作ることができ、完成した後からでも部品を抜き取ったり、交換することができる。(中略)生物には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、折りたたんだら二度と解くことのできないものとして生物はある。

シルク・ド・ソレイユ考察

マカオで鑑賞したシルク・ド・ソレイユについて考えてみたい。みんな口を揃えてシルク・ド・ソレイユ良かった、凄かった、見た方がいいと言うが、何が優れているからこれほど人気になったのか。

以下、公演の内容について記述があるのでこれからZAIAを見る方はご注意ください。

ZAIAの公演の構成は、
1.冒頭の寸劇
2.メインのサーカス、その合間に寸劇と特殊装置による演出
3.フィナーレ
という流れになっていた。おそらく他の公演も同様の構成だろう。

冒頭の寸劇。少数のピエロによる、最前列の観客を交えた笑いを誘う寸劇。暗い舞台にスポットライト、天井から垂れ下がる一本の縄。ここで不思議世界を演出し、シルク・ド・ソレイユ独特の世界へ徐々に引き込んでいく。

メインのサーカス。様々なサーカスが披露される。ジャンルも多様だ。ジャグリング、バレエ、ローラースケート、体操技、雑技。クオリティは非常に高く、あまりに淡々とこなしてしまうためそれが難しい技に思えないほど。シルク・ド・ソレイユの世界に合った衣装や小道具を用いることで、全体の印象を統一し、また芸術性の高いものに見せている。

ここで重要なのは、個々のサーカス自体に目新しさは特になく、既存のものだということだ。それを新鮮なものとして見せる上手さがシルク・ド・ソレイユにはあり、それこそがシルク・ド・ソレイユの凄さだと思う。

シルク・ド・ソレイユの世界が存分に披露されるのは、サーカスの合間に入る特殊装置による演出だ。ここでぶっとんだ世界に観客を浸らせる。そしてその世界に合致した衣装や小道具を用いてサーカスをすることでそこに新鮮さが宿る。サーカスの合間の寸劇には、冒頭から続く物語があり、あぁそういえばこのピエロたちどうなるんだろうと客を飽きさせない。

音楽についても触れておきたい。演奏は全て生演奏で、観客から演奏している部屋の中が見えるようになっている。衣装はもちろんシルク・ド・ソレイユ仕様。曲のジャンル、使われる楽器は実に多様。とてもカッコイイ。当然この音楽も世界の演出に大きな貢献をしている。

さてここまで個々の要素について見てきた。サーカス、寸劇、特殊装置、衣装と小道具、音楽、どれも素晴らしかった。しかし個人的に最も注目したいのは、シルク・ド・ソレイユの世界をつくり上げたことと、それを軸に既存のものを新鮮なものに変化させた構成力である。

以下はメモ。小道具で特に印象深かったもの。
・舞台中央の大きな球。中に照明器具がある。気球や地球になる。
・光る傘
・航海用望遠鏡
・自転車(逆さ自転車)
・獅子舞
・メガホン
・巨大蛍光玉
・シャボン玉

時をかける少女

仲里依紗が気になったので見てみた。

時をかける少女 通常版 [Blu-ray]
アニプレックス (2010-10-13)

非常にシンプルなストーリーだ。小細工はない。映像や演出も特に目を見張るものはない。よって、映画としてあまり人に勧められる要素はないのだけれど、期待していた仲里依紗の演技がとても良かったことと(特に最後の泣き叫ぶシーンは息をのんだ)、タイムトラベルものが最近自分の中でブームだったので、その記録としてここに記す。

印象に残った台詞があった。記憶が曖昧だけど、以下のような台詞。

未来から来たのに、わたしが未来に帰ったら涼太にとっては過去の人になっちゃうんだね。

ワシントン・ナショナル・ギャラリー展

キャッチコピーは『この「顔」、初来日。』

フェルメールよりも空いてた。宣伝の差だろうか?顔よりも手紙の方がオシャレだしな。

内容はこちらの方が良かった。印象派、ポスト印象派のコレクションだった。個人的に目を引いた画家は、モネ、ルノワール、ロートレック、セザンヌ、スーラ、ゴッホ。

モネ。「日傘の女性、モネ夫人と息子」「ヴェトゥイユの画家の庭」。一見した印象は、漫画の表紙の絵みたい。色使いが理由だろうか。現代でも幅広く支持されそう。

ルノワール。「ポン・ヌフ、パリ」。

ロートレック。「アンバサドゥールの粋な人々」。独特。おちゃらけて描いてんのかなと思うような作風。

セザンヌ。「ゼラニウム」「アントニー・ヴァラブレーグ」「『レヴェヌマン』紙を読む画家の父」「赤いチョッキの少年」「水辺にて」。上手い!すげーって思った。色々な画法で描いているけど全部上手い。(一般的な評価は知らないが)。

スーラ。「オンフルールの灯台」。点画。とても静寂な世界に見える。

ゴッホ。「自画像」「薔薇」。つい見入ってしまう力強い魅力がある。ぐりぐり描く筆触を通して情熱が今も発散しているみたい。心が落ち着かない。

ゴッホのファンになりそう。

台湾旅行

台湾に旅行してきた。

またか!と言われそうだが(実際周りにもよく言われた)、仕事ばかりしていた去年の反動で今年はそういう年だったのだ。富山、北海道、九州、マカオときて、今年最後の旅行が台湾である。

台湾についても無知だったので、例のごとく前日に台湾について軽く調べようと試みたが、政治的にややこしくて途中で諦めた。そもそも中華民国と呼ばずに台湾という呼称が一般になっている点からしてややこしい。とは言え九州ほどの面積に2300万人もの人が住んでいて、経済もよく発展しており(GDP11位)、民主共和制である、といった情報からは豊かな印象を受けるし、実際に首都台北はその通りの街だった。


大王牛乳というフレッシュジュース屋さん。杏仁牛乳を頂いた。


こういう中国らしい汚れた建物もあるが、百貨店や綺麗な建物が多い。ユニクロ大型店も発見した。


台北101。展望台へはミスって登れず。。。すごい人だった。


みんな大好きディンタイフォンの小籠包。とても美味しい。101内にあった。店内は小籠包の店とは思えないほど広い。働く人数も非常に多い。回転は速そうだったが、ちょっと落ち着かなかった。


台北アイという京劇を見に行った。獅子舞が良かった。後半の京劇は道教の世界が垣間見れた。シルクドソレイユを見たばかりなのでどうしても比較してしまうが。。。


客席へ来る獅子舞。触った。

故宮博物館へ行ったが、不覚にも写真を忘れた。展示物は当然良かった。白菜とか。人間と自然の調和です。非の打ち所がないらしいです。


故宮の敷地内にある広東料理屋。チャーハンが美味しい。本場は違う。


タピオカミルク。めっちゃおいしい。結構食べたのに一人1500円ぐらいで済んだ。安い!


忠烈祠。衛兵さんいた。若い人でした。


バスで一時間くらいかけて九份へ。日本の温泉街と中国文化がミックスしたような印象。面白い街並み。


猫。


犬。


九份茶坊という店でお茶を頂く。きちんと中国茶を頂くととても美味しい。


景色の良いテラス。


行列ができていたお店。臭いが独特。


ここは千と千尋の映画で参考にされた建物らしい。


台北に戻ってきて少しだけ士林夜市に行った。ものすごい人。屋台で少し買い食いした。


総統府。大統領がここで仕事をしているらしい。平日午前中は見学できる。日本語で解説してくれてとても興味深かった。


新光三越百貨店にある、欣葉という台湾料理屋。ここも美味しかった。


杏仁豆腐で締め!

マカオ旅行

マカオを旅行した。
有給一日くっつけて、週末海外旅行。

マカオについては知識も興味も無かったけど、出発直前に歴史などを調べたらなかなか面白い街で、実際行ってみたらなお楽しい街だった。

元ポルトガル領、かつてのイエズス会の拠点、1999年に中国返還、人口密度世界一(半島部分)、東洋のラスベガス、チャイナマネーによって(売り上げ的には)世界最大のカジノ都市になった、などなど。

さて、旅の記録は例のごとく写真で。ちなみに写真の半分程度は友人のイケてる写真を使わせてもらっている。


午後出発の便で、夜にマカオに着いた。これが正解で、着いて早々カジノのネオンに圧倒される。ここは泊まったホテル。大きいホテルにはカジノが付属。24時間営業。


街並み。中国的な景色。


夜の裏路地。危険はあまり感じない。


セナド広場。ポルトガル的な景色。見かけるのはほぼ中国人。日本人も少ない。


聖ポール天主堂跡。ポルトガルがマカオに来たのは西欧の植民地政策の初期であるため、歴史的価値が高い建物が多い。


ホテルからの眺め。人口密度世界一!


教会も多い。偶然にも中で大学の卒業式をしていた。さすがに西欧的な人も多かった。


マカオ、ポルトガル料理。独自の食文化のミックス。これはダックライス。


カレークラブ。


旅行のメインイベント。シルクドソレイユを見るためにベネチアンホテルへ。写真ではスケール感が全く伝わらないが、とにかくでかい。日本には無いスケール感。到着日にこのホテルを見て、別世界来たーと思った。


シルクドソレイユ。ZAIA。とても良かった。ちなみに直前にこの巨大ホテルではぐれたときはちょっと焦った。2グループに分かれてタクシー乗った後、降り場が違ってはぐれたという。。。


そしてカジノ!大小というゲームをした。余ったお金が一瞬で消えた。ディーラーもお客もほとんど中国人。ここは中国人のためのカジノなのだ。


最後は中華で締め!

安くて日本から近くて街がコンパクトで(移動が楽)、でも建物のスケール感は大陸でカジノがあってシルクドソレイユもあって、マカオ料理もポルトガル料理も中華料理も楽しめる、そういう(自分の中で)穴場スポットなマカオでした。

フェルメール

フェルメールからのラブレター展を見に行った。

展示名がオシャレだね。
オランダ全盛時代の絵画を、コミュニケーションという観点で絞って集めた展示。

メインはフェルメールで、もちろん良かったけど、ピーテル・デ・ホーホとヤン・スーテンの作品も気になった。デ・ホーホの作品は、絵の中に目を引く色が一色使われていることが多かったから気になった。視線が誘導されるからだろうか。ヤン・スーテンは物語が伝わってくる絵で目を引いた。

フェルメールは「手紙を書く女と召使い」が一番気に入った。部屋に外から差し込む光の表現が良かったから。飾ってあった3つの絵は全て手紙の作品。もはや印象はフェルメール=手紙の画家。

心のフックに引っかかれば印象が増幅される。

まほろ駅前多田便利軒

読んでいて気持ちのいい文章。

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)
三浦 しをん
文藝春秋

優れた作家の文章は、その文章をつらつらと読むだけで心地よい。その文章が会話であっても、情景を描いていても、心情を描写していても。

はっとする言葉がちりばめられている。

思わずペンで線を引いてしまうような文を、あちこちで見つける。おぉグッとくる言い回し!と心の中で何度呟いたことか。

針が飛びまくる傷だらけのレコードに相槌を打つみたいで、

鉋は時を削る道具だ。刃をあてて引くたびに、時間の澱が薄くはぎ取られ、

北村の声は、なぜ空は青いのと聞く子供みたいに明朗だ。

さて、そんな著者の言葉で紡がれるまほろ駅前多田便利軒は、お話も抜群に面白い。

この話のテーマは、取り返しのつかないことやどうしようもできないこととどう向き合うべきか、親子の関係とはどういうものなのか、の二点だと思う。前者は主人公が抱える問題として、後者は主要登場人物のエピソードとして語られる。

それらのエピソードは9つほどあり、よくよく整理してみれば全て親子あるいは飼い主と飼い犬についての話が絡んでいた。血の繋がった普通の親子はことごとく問題を抱えているのに対し、血の繋がっていない親子はみんなそれぞれの幸せを形作っているという、極端な描き方でテーマを伝えようとしている。とは言いつつなんとなしに読んでいるときは便利軒のドタバタエピソードとして楽しめているのだから、見事だ。

テーマについての答えはもちろん用意されている。

テーマ1は、完全に元通りにはならなくても、再生する道筋はある、という励ましとして。テーマ2については、血のつながりが大事なのではない、という励ましと戒めとして。

最後に、最もグッと来た言葉。

「はるのおかげで、私たちははじめて知ることができました。愛情というのは与えるものではなく、愛したいと感じる気持ちを、相手からもらうことをいうのだと」